人間関係に悩まなくなるためのたった一つの方法

 

こんにちは、なっちゃそです。

最近仕事を辞めたり、デザイナーを始めたり、ブログを始めたり、海外に住もうとしてみたり、
身の回りの変化がなかなかにすさまじくて、毎日いろいろなことを考えて過ごしているわけなのですが、

そんな日々の中で

「あれ、わたし最近思考は巡らせているけど、全然悩んでないなぁ。」

と思う瞬間がありまして、

それはどうしてなのかについてわたしなりに考えて見たので、
今回はそれについて書こうと思います。

現在何でもかんでも悩んでしまっている人の心が少しでも軽くなりますように。

 

すべての悩みは対人関係によるものだってアドラーが言ってました

 

「すべての悩みは対人関係の悩みである」

という話を聞いたことありませんか?

これはアルフレッド・アドラー(1870-1937)という心理学者の言葉です。

アドラーが言うには

人間の悩みはすべて人間関係の悩みであるから、宇宙の中にただ一人になって対人関係の一切がなくってしまえばあらゆる悩みも消え去ってしまう。この世に個人だけで完結する内面の悩みんてものは存在していない。

らしいです。

アドラー心理学に興味がある方はダイヤモンド社の「嫌われる勇気」を読んでみてくださいね。

 

さて、全ての悩みが人間関係によるものだとしたら、悩みがないわたしは友達がいないのかと言われると、そんなことはなく学校やバイト先、職場などいろいろなコミュニティの中でいろいろな人と関わりながら過ごしています。(友達が多いとは口が裂けても言えませんが泣)

ですが、その関わり方ひとつひとつには自分なりのポリシーがあり、それを守ることで対人的ストレスをほぼゼロにすることができています。

 

人間関係に悩まされ続けた学生時代

 

 

そんな偉そうなことを言っているわたしも、つい2,3年前までは人間関係に悩みまくってました。身の回りの嫌なことに普通の人より敏感に反応して、周りの目を気にして、誰と話すときも常に自分はどう思われているかを考えていました。

 

たまに学校や職場で誰かがコソコソと悪口的なことを言っていたら全く心当たりはないのに、

「え、わたしのこと話してる?今悪口言われてる?」

って思っちゃうことありませんか?

当時のわたしはその現象に毎日のように陥っていました。

他人の目に映る自分を常に想像して、それが少しでも良くなるように振舞っての繰り返し、

今思えば、めちゃめちゃ生きにくかった…。

わたしは昔からなぜか団体に属せないタイプの人間で、三人グループでは必ず2対1の1側になってしまうし、旅行的行事のちょっとした写真にもなかなか混ざれなかったし、班分けや二人一組にならなければいけないタイミングでは、「最後の一人になったらどうしよう…汗」という危機感でいつも緊張していました。

その性質は大学に入っても全く直らず、当時札幌から上京したてホヤホヤのわたしは、絶対に一人きりにならないように一生懸命新歓に行って、飲み会では一人きりにされないために話したくない人とも頑張って会話し、クラスではテンションを2オクターブあげて話していました。

その甲斐あって、サークルという団体に無事所属し、クラスでも特別浮くことなく過ごせている実感がありました。(学校はサボってばかりでしたが…)

置いていかれないように、ハブられないように気を付けながら送っていた大学生活でしたが、わたしはそれを楽しんでいたし、自分の周りの人を心の底から好いていたし、これから先も絶妙なバランスの中でうまく生きていけると思っていました。

思っていたのですが、

そうではなかったみたいです。

大学3年の春、わたしはいつも一緒にいたメンバー(所謂いつメン?)から距離を置かれるようになりました。

わかりやすい理由や、きっかけがあればまだよかったのですが、わたしが思う限りそれにあたるものはありません。

どうして?って思ったし、距離があいていること自体を気のせいだと思いたかったけど、

どれだけ待っても、その隙間は埋まることはありませんでした。

もう元には戻らないんだなぁ。と思った瞬間、今まで必死に張っていた糸がプツンと切れてしまったような感覚があり、自分の人間関係に過度に依存していた自分に気が付きました。

その時から、わたしは自分が人からどう見られているか気にすることをやめ、常にいい子であろうとすることもやめ、自分の人間関係に過度に期待することも、依存することもしなくなりました。

会いたい人だけに会って、話したい人だけと話して、好き嫌いの意思表示をしっかりするようにもなりました。

もちろん、友達を増やすための努力を辞めたので、昔に比べて友達と呼べる人は減りましたが、それでも何ら不便はしていないし、

わたしは今自分に正直にのびのび生きることができていると思っています。

人間関係はシンプルでいいのよ

 

わたしは

昔〇〇してもらった人だから

友達の友達だから

よくわかんないけど先輩だから

よく誘ってくれるから

といった曖昧な理由でふわふわした人間関係を続けていくことは心底無意味だと思っています。(ふわふわした関係だけど話が合うとか、一緒にいて楽しいとかは別ですよ、その人に時間を割く価値があると思えるかが大事

わたしも昔はよくわからない義理に縛られて、いろいろな人と飲みに行ったり、連絡を取ったりして時間と労力を無駄にしていました。

ですが、その結果として手元に残っているものが何もないということに気が付いてから「ようわからん人との付き合い」は一切やめました。

 

もし、そのせいで付き合いが悪いとか、ノリが悪いとか思われたらどうしようと気になってしまうのだとしたら、それはまだ「ふわふわした関係」を続ける意思があるってことです。

それをやめようって話ですよ?

 

クラス全員に好かれる必要なんてないよ

 

 

本当はノーなのに空気を読んでイエスと答えてしまったり、

興味のない話に相槌打ってみたり、

相手に嫌われないための努力って無意識にしてしまいがちなんですけど、

これって無意識にやっている割に結構消耗しますよね。

自分に嘘をつくって物凄く体力を使うし、そのくせ得るものがない超非生産的な行為なんですよ。

これってきっと、みんなすごく幼いころに身につけてしまった生きる知恵の一つで(小学校のクラスで仲間外れにされるって死を意味してたもんね笑)、それを辞めるってかなり勇気がいるんですけど、

 

大丈夫ですよ。

 

あなたが世の中の人みんなを好いていないように
世の中の人みんながあなたのことを好きになるなんて無理な話なんです。

だから、あなたが無理をしないと構築できない人間関係なんて存在意義を持っていません。

「あなたもわたしのことが嫌いなんですか?奇遇ですね!わたしもあなたのこと嫌いです♪」

と考え方振り切って、自分の好き嫌いに正直になれば、今までの何倍も身軽に生きることができるようになります。

 

仕事で怒られて落ち込むのはお門違い

 

わたしは職場で、仕事関係のお叱りを受けた時にそれに対して反省はするけど、

気分を落としたり、落ち込んだりすることはしません。

お給料をもらっているから、プロとして現時点で求められているパフォーマンスをするべきだと思うし、それができていなかったことに対する反省はして然るべきだと思うけれど、

そのお叱りに対して落ち込むということは、時間の無駄だなと思うのでしないようにしています。

わたしを叱りつけてきた先輩なり上司がいたとして、その人が一番腹の立つことってわたしが気を落としてしまって、作業を止めてしまうことだと思うんです。

それに、会社の名前を背負っている時間は、単純にその会社の社員としての役目を果たせなかった本田を否定しているだけであって、

本田夏海の人格や存在を否定されているわけではないと思うようにいます。

だから叱られて落ち込むというのはお門違いもいいところ。

やるべきことは

ミスを反省して、一秒でも早く改善すること。

この一択です。

 

最後に一言言わせて欲しいんだけれども

 

ここまで、人間関係に悩まないための考え方を書いてきましたが、
一個間違えないで欲しいことがありまして、

ここに書いてある考え方は恋愛には一切使えないです。

恋愛は、自分の損得勘定を超越しているコントロールが効かないものなので、

好きな人に嫌われても別に構わない」

なんて強気なメンタルには持っていけないですよね、(わたしもつい最近恋人と喧嘩して死ぬほど悩みました笑)

ただ、終わってしまった恋愛に関して何週間も、悩みっぱなしというのは些かもったいないなーとも思うんですよね。

あなたを傷つけた人のことなんか忘れて、強がりじゃなく心から前に進んで欲しいなーと。

なのでいつかわたしも、恋に悩める女子たちを元気にできる記事を書けるようになりたいなぁ。

なんて思いながら今回はこの辺にしておきますね。

Thank U for reading my story:ー)

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